父のヨーロッパ 1967年ミシン組合視察旅行

実家に帰って、父の古い写真を見せてもらった。カッチイの父は、親戚の叔父のミシン会社で若い頃、働いていたのだが、ミシンの組合のヨーロッパ視察旅行に、参加させてもらったそうだ。各社の若手のホープが、見聞を広めるために、送り込まれたらしい。詳しい旅行行程は、もうわからないのだが、父の話と、残っている写真を総合すると、一行は、3週間近くイギリス、フランス、オランダ、ドイツ、スイスとヨーロッパを回ったらしい。

父が、37歳のころ、1967年のことだ。海外旅行がカンタンな今と違って、関係者総出の見送りを受け、水杯で乾杯して飛行機に乗ったそうだ。参加者は、いわゆる昭和ヒトケタ世代。戦後、しゃにむに働いてきた世代にとって、2日がかりでヨーロッパにたどりついた一団に、36年前のヨーロッパは、どう映ったことだろう。


カッチイの写真館に「1967年の視察旅行」としてアップしていたのは、1枚の写真だったが、大幅追加しました。


これが、全体写真だ。総勢18名。エール・フランスのプロペラ機の前で。
1967/9/2とある。

手配は、日通旅行だったということだ。この手のものは、いわゆる視察旅行=テクニカルビジットと言われるものだ。観光も盛り込まれているが、工場見学も入っているし、国はまたがるし、各社のNo2あたりが参加しているし、添乗員としては、気をつかったに違いない。父は、添乗員さんには、すごく良くしてもらったと今でも言っている。その頃のプロ添乗員は、さすがだわね。


父たちは、ミシン屋さんだから、当然ミシンメーカーの視察に行ったらしい。この3枚の写真は、ドイツ・カールスルーエのミシンメーカーでのもの。

左上は、当時最新のミシン。右上縫い子さんが、ミシンを踏む手を止めてにこりとしてくれたところをパチリ。左横、男性が、持っているのは、ミシンの鋳型。日本は、鋳物が大の得意の製造業立国だ。


Braunschweig(ブラウシュバイグニーダーザクセン州 )
にあったフォルクスワーゲン工場
どんどん出来あがってきた車が並べられる。1日に25000台の生産したそうだ。


工場内。車のドア部分が作られていく行程 車のボディ部分をどんどん生産していく。

ボディとシャーシー取り付け行程 ボディ組み立て行程

父が、フォルクスワーゲン社を訪れて驚いたことは、車の生産のラインが、広々としていて、工場で働く人たちが、ゆったりと仕事をしていることだと言っていた。それと、彼らが、昼休みでもないのに、休憩時間に、パンを取り出し、むしゅむしゃラインの横で食べだしたのには、心底びっくりしたらしい。日本では、職人肌というか作業場は、一種神聖な場と考えられていたので、食べたり飲んだりなんて考えられないのにと思ったそうだ。



上記の写真は、父が一人で、離団して、カールスルーエにある取引会社のGritzner(グリッツナー)社を訪ねたときのもの。日本語を片言しゃべるという中国人の通訳は、相当に頼りなかったらしいが、会社訪問した父は、丘の上のレストランで歓待されたことを、なつかしそうに語ってくれた。一人で行動したこの日のことは、父の記憶に今も深く刻まれているのだ。



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